50過ぎのパチンコ狂漁師がいつものように妻の財布から金をとろうとしたら中にメモ 「とるな」 → 一念発起しピアノの超難曲弾けるまでに

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1:木星虫 ★ :2020/02/06(木) 14:23:17.73 ID:1QWBxEe09.net
“奇跡のピアニスト”誕生秘話

*ソース元にニュース画像あり*

http://www3.nhk.or.jp/lnews/saga/20200206/5080004972.html
※NHKローカルニュースは元記事が消えるのが早いので御注意を

全国一の養殖のりの産地、佐賀県。ここに地元ではちょっと知られた異色ののり漁師がいます。
プロでも演奏するのが難しいとされる「超難曲」を華麗にひきこなすんです。
“奇跡のピアニスト” と呼ばれるまでになった足跡をたどりました。
(佐賀放送局 記者 本田光)

■夜はのり漁師 昼はピアニスト■
鍵盤の上を高速で飛び跳ねる太い指。
佐賀市の徳永義昭さん(59)。
何から何まで異色の “ピアニスト” です。

徳永さんの本業はのり漁師。
生産枚数・生産額とも16年連続で日本一を誇る佐賀で、高校卒業後、家業ののり養殖を継ぎました。
のりの収穫は水温が低い今の時期が最盛期です。
取材に向かった1月中旬も、徳永さんは小舟で沖合に出て、夜遅くまでのりの摘み取りに追われていました。

しかし、この日も帰ってからピアノに向かうというのです。
手がかじかんで動かないのではないかと尋ねると…。
「冷たいです。帰ってからお湯に30分ぐらいつけて、それから練習しないと(手が)動かないんですよ」
ピアノに向かう気力は全く衰えていませんでした。

■ギャンブルに明け暮れた日々■
実は徳永さんがピアノを始めたのは50歳をすぎてからです。
それまではこれといった趣味もなく、仕事が終わるとパチンコ店に向かうのが日課で、30年以上、
のり養殖で稼いだお金を湯水のようにつぎ込み、2か月で70万円失ったこともありました。
ついには、妻が管理していた生活費にまで手をつけるようになります。

そんなある日、大きな転機が訪れます。
いつものように妻の財布からお金をとろうとした時、中に一枚のメモが入っていたのです。
「とるな」書いてあったひと言。

徳永さんのギャンブル好きに愛想を尽かした妻 千恵子さんが入れたものでした。
「ショックでしたね。そこまで自分も落ちてしまったかと自分自身がっかりしました。それからはパチンコをやめました」

■フジコ・ヘミングが救ってくれた■
時間を持て余すようになったある日、何気なく見ていたテレビ番組が大きなきっかけとなりました。
映っていたのは世界的ピアニストフジコ・ヘミングさん。
演奏する姿に強い感銘を受け、生まれて初めてピアノ演奏に対する強い欲求が湧いたといいます。

「演奏を聴いて、いい曲だなと思って、これを飲み屋のおねえちゃんたちの前で弾いたらモテるだろうなって(笑)。
それに子どもたちに聞かせたら、あのおじさんすごいって言われるだろうなって」

■妻は言った「絶対ムリ」■
フジコ・ヘミングさんが演奏していたのはリストの「ラ・カンパネラ」。
プロのピアニストでも難しいとされている「超難曲」です。
ピアノ講師でもある妻の千恵子さんは当時をこう振り返ります。
千恵子さん「何言ってんのって感じで。本気とは思えない、絶対無理って思いました。
自分でさえ弾けないのに全くの素人の夫に弾けるわけがない」。

意地になった徳永さんは独学で練習を始めます。このとき52歳でした。

※以下ソースで

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Source: trend情報

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